THE TWILIGHT ZONEには日本未放映のエピソードが4本存在する。従来、研究家の間では5本あると言われていたが、その内第4シーズンのep.110"
MINIATURE"が「人形の家で」のタイトルで昭和50年・1975年に放送され、残り4本となった。
元来、これらのエピソードが日本未放映となった背景には米国本国でのCBSに於ける本放送及び再放送とその後のシンジケート系配給による「再放送」時の放映数の相違がある。シンジケート系で放送されないエピソードは、『人形の家で』を唯一の例外として、そのまま「日本未放映」なのである。
ここでは、本国でのシンジケート系で放映されない事情を参考にこれらのピソードを解説してみる。
ep.131 "A SHORT DRINK FROM A CERTAIN FOUNTAIN"
最初に紹介するエピソードにも関わらず、この作品がシンジケート系で放送されない理由は、残念ながら実は判明していない。話に登場する赤ん坊のあまりに悲惨な末路を予感させるエンディングが不快感を与える、といった理由ではないか?と「The
TWILIGHT ZONE COMPANION」の著者、M・S・ジクリーはその著書の中で解説しているが、これはあくまで「仮説の一つ」である。
ep.142"AN OCCURRENCE AT OWL CREEK BRIDGE"
アンブローズ・ビアスの古典的名作を映像化したこの作品は、THE TWILIGHT ZONEの全エピソードの中でも「異色中の異色作品」である。元来、1962年カンヌ映画祭の短篇賞を受賞したロベルト・アンリコ監督によるフランス映画であり、各エピソードの制作費の高騰から生まれた「苦肉の策」として、米国に於けるTVでの放映権料1万ドル(1回の放送につき)を支払い、数分間のカットとサーリングによるナレーションを追加して、とにもかくにも、この作品はTHE
TWILIGHT ZONEの1エピソードとして1964年2月28日そして同年の9月11日の再放送の2回、放送された。その後のシンジケート系での再放送は放映権契約上、放送不可能なのは言うまでもないだろう。
ところで、日本国内に於いては、オリジナルの"AN OCCURRENCE AT OWL CREEK
BRIDGE"自体が、『ふくろうの河』の邦題で(当時)東和が国内に於ける興行権を持っており、当然「ミステリー・ゾーン」のタイトルを冠していたとしても、TV放送は不可能な状態にあった。
ep.147"SOUNDS AND SILENCES"
1961年5月に、THE TWILIGHT ZONEのエピソード用の「ネタ」を探していたサーリングの元にあるシナリオが提出された。しかし、サーリングはこれを採用しなかった。それから2年後、彼は"SOUNDS
AND SILENCES"を書き上げ、すぐに映像化しエピソードの一つとして放送した。耳が不自由になる男を主人公にしたこの話は即座に訴訟を起こされる事となった。彼は何もかも(つまりかつて目を通した件のシナリオの事等)忘れてしまっていたが、以前サーリングが目を通したシナリオのタイトルは”THE
SOUND OF SILENCE"であり、矢張り耳の不自由な男が主人公であったのだ。
オリジナル・プロットを書いた作者には3500ドルが支払われ事態は収束したが、係争中であった為、シンジケート系の放送からは外されてしまった。
ep.151"THE ENCOUNTER"
このエピソードは登場人物は二人のみ。すなわち、第2次世界大戦の退役軍人である男と、その男の庭師である日系二世の男である。庭師の男は退役軍人の、日系人に対する偏見に満ちた侮蔑の言葉を浴びせられる内に、「何かおかしな事」が起こって、相手を納屋にあった日本刀で斬り殺し、彼もまた自殺してしまう。
日系二世の庭師の男のセリフの中に「私の父は非戦闘員として海軍の為に働いていた。彼は真珠湾のドック建設の責任者で、日本軍の戦闘機に何処へ爆弾を落とすべきか合図を送った裏切り者だった!」というセリフがあるが、これに対して在米日系人団体及び海軍から「事実に反する」という抗議があった、と言われているが、正確な理由は判明していない。
(例外)
ep.110"MINIATURE"
"MINIATURE"は結果的には我が国では放送されたエピソードだが、米国本国ではシンジケート系再放送では放送されないエピソードの一つである。
"THE THIRTEENTH MANNEQUIN"(13番目のマネキン)というタイトルのシナリオの盗作ではないか、と訴訟を起こされたのである。判決は「盗作ではない」としてTHE
TWILIGHT ZONE側の勝訴となったが、訴訟を起こされた事によるイメージ・ダウンを理由にシンジケート系再放送のリストからは外されてしまったのである。